当事者や家族への聞き取りも行った短編映画制作
そんな意図から、映画『陽菜のせかい』も生まれました。私が高校生の頃の体験を元に再構成した物語で、自閉症のある兄がいる高校生の日常を淡々と描いています。現在、YouTube(“ケアラーTube”)で無料公開されています。「こんなことに困っています」「こういうところを支援してください」ということを描いているのではなくて、ヤングケアラー特有の立場や心の葛藤を表現しています。
主人公の陽菜が、学校の先生や友だちとの間で、どんな会話をしているのか。家に帰れば、お母さんや障害のあるお兄さんとの間では、どんなやりとりが起きているか。なぜ彼女は、進路に対して消極的な選択しかできないのか。なぜ母親の言葉にイライラするのか。なぜ友だちのことがうらやましいのか。なぜ先生にそう言われてムッとするのか。そうしたところを視聴者に想像してほしいんです。
私が親から実際に言われたセリフも入っています。佐藤監督が周りの人に話したら、「母親が、こんなひどいことは言わないはず」との反応でした。「持田さんの家の特殊なことなら普遍的なことにならない。実際に確かめよう」ということになり、障害児を育てている母親たちに、監督と私が聞き取りをしたんです。するとみなさん「(そのセリフと同じことを)言いますよ~」って何の悪気もなく答えたんです。監督はびっくりしていました。今度はヤングケアラーである高校生にリサーチしたら「ああ、親からよくそう言われますよ」という答えが返ってきました。そこで監督は、「これは社会に知らせなければダメだ」と確信し、母親のセリフを脚色せず、そのまま使ってくれたんです。その言葉に傷つく主人公の姿を目の当たりにして、当事者の親が、「私も無意識にこう言っている。娘は傷ついてしまうんだ」と気づいてほしいですね。
この映画をつくりたいと思ったのは、きょうだい映画、『ふたり~あなたという光~』(佐藤陽子監督)を観たことがきっかけです。クラウドファンディングで制作したことを新聞記者の方から教わって観ました。統合失調症のある妹がいる主人公が、恋人にプロポーズされる。しかし、妹の障害のことを相手の母親に受け入れてもらえない、結婚に消極的になる主人公はやがて、あることに気付く…、という物語。きょうだいの揺れ動く気持ちが見事に描かれていて、号泣してしまったんです。
あまりに感動して、プロデューサーの三間 瞳さんにすぐに連絡しました。話しをするうちに意気投合し「ぜひCANの副理事になってください」とお願いして、副理事になってもらいました。彼女は、私たちの活動を、プロデューサーの視点で的確にアドバイスをしてくれるので、CANにとって大きな力となっています。
あるとき、2人で、ヤングケアラーの現状について話をしていました。その立場があまりにも世間に知られてない、「かわいそうな子ども」というレッテルが付き始めている。私がどんなに講演会で説明しても、テレビの映像の力に負けてしまう。悩んだ挙句、「よし、私たちも短編映画をつくって映像で伝えよう!」という話になりました。
制作資金は、クラウドファンディングで調達をしました。私は一つのことに集中する「フォーカス型」ですが、三間は物事をどんどん広げていく「拡張型」です。「せっかく映画を創るならプロに頼もう」という話になりました。彼女のプロデュース、佐藤陽子監督の演出、プロのカメラマンによる絶妙なカメラワーク、などが合わさり、本当に素晴らしい短編映画が完成しました。
撮影後の試写会で、母親役の女優さんが、「以前は、街で障害のある方を見かけると、どうしたらいいのか分からなくなってつい避けてしまっていたけれど、この映画で、母親役を演じたことで、家族それぞれの気持ちが分かるようになりました。いまでは『私、分かるよ』って温かく見守ることができるようになりました」と答えてくれました。映画を観た方が、こんな風に障害のある人に対する思いや態度が変わってくれたら嬉しいと思います。そして、それを成しえることができるのは、映像の力だと思います。ぜひ多くの人に陽菜が変わっていく姿を観ていただければと思います。
「エンターテイナー」のお兄ちゃん
『ケアラーTube』では、ヤングケアラーについて、主に私が解説する短い動画を公開しています。私の兄の動画も数本アップしているんですが、兄がぼそっという言葉が面白いので、兄のファンが増えています。再生回数を全部もっていかれてしまっていますよ。あるインタビューを受けていた時に、進行役の方から「いま何歳ですか?」と聞かれた兄は、「二十(はたち)歳です」と真顔で答えたりします、実際には五十代の中年ですが(笑)。兄には知的障害がありますが、柔らかい口調で人を和ませる力があって、いつも私は元気づけられています。最高のエンターテイナーなんです。
兄は障害者施設で暮らしていますが、1カ月に1回お迎えに行って、数日間、夫と私と3人で一緒に過ごします。夫と兄のやり取りがいつもほっとする優しさがあって面白くて。お互いに性格が似ているらしくて、大好きみたいです。
かつては、両親から頼まれて妹の私が「お姉さん」のように兄のケアをしていました。でも両親が亡くなって、もう姉でいる必要がなくなりました。母が亡くなった後に見つかった日記には、私の夫と兄に見守られ、「幸せな時を過ごしてください」と母からの最期のメッセージが書かれていました。姉のようにふるまっていた役割からようやく解放され、私は今、兄に思う存分、甘えています。この写真、いいでしょ? お兄ちゃんに、膝枕をしてもらったんですよ…。
(聞き手・ライター上田隆)
<映画>
短編映画『陽菜のせかい』
YouTubeにて無料配信。絶賛上映中!

<問合せ>
一般社団法人ケアラーアクションネットワーク協会(CAN)
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