「公民館的」な学びで、地域づくり

教育

「つながる」「話し合う」「学び合う」で地域活性を

これからは、「つながる」「話し合う」「学び合う」ということが大切なんです。ただ、僕が一番言いたいのは、「誰が」「何を目的にするか」です。

 

大学時代、アートによる地域づくりを調査し、社会教育を研究したことがあります。ある地方都市で、行政主導の大芸術祭が開催されていました。有名なアーティストが、作品をつくり、外から多くの訪問者が来て盛り上がるのはいいのですが、肝心の地域の人たちがついていっていない。一方、ある小さな町では、地域の人たちが、なぜアートプロジェクトを行うのか、目的をみんなで議論して考えました。結果、インパクトのある面白いイベントが生まれ、地域が大いに活性化しました。沖縄やカンボジアの事例と通じるものがあります。後者が成功したのは、当事者である地域の人たちが、話し合い、学び合うことでお互いを理解し、つながり、プロジェクトを自分たちのものにしたからです。「誰が」とは、「行政」ではなく、まさに「自分たち」なのです。

 

公民館の「ハコ」ではなく、「公民館的」なものが必要

こうしたことは、自然発生するわけではありません。では、誰が働きかけるのかというと、中間支援施設で働いている僕たち職員、コーディネイターです。ただ、職員は学校の先生ではないので、教えることはNG。それこそ黒子になって、活動する人を支えるのが仕事です。

 

戦後直後、寺岡が、公民館に配置した公民館主事、いわゆる社会教育主事が、いまでいうコーディネイター的な役割をしました。地域の課題を発掘し、解決に向けてさまざまなヒトやモノをつなげていったわけです。

 

公民館は、寺中が目指したものと変わってしまいましたが、今も有用な施設で、可能性を秘めています。「そのまま残していくべき」という声もありますが、僕はそう思っていません。「公民的」なものが、地域にたくさんあればいいのではと。施設という「ハコ」は、必ずしも大切ではない。原っぱでも、オンラインの集まりでもいいわけです。日本も財政的には、全国すべての公民館を維持していくのは厳しいわけですし。

 

今後は、「公民館的」なものに、コーディネイターという人的資源が必要だと考えています。その存在を育成し、増やしていくことが重要になってきます。

 

先鋭的な社会問題を、いろんな立場の人が話し合う場として

「公民館的」な場で、多様な人たちが、社会や生活にかかわる、あらゆる問題を話し合ってもいいでしょう。

 

埼玉県の公務館のイベントで、年配の女性が憲法九条の俳句を書いたのですが、「政治的に偏った主張」として職員が、意図的に広報誌に掲載しませんでした。これが裁判になって、今最高裁までいっています。確かに安全保障の問題は、さまざまな思想があり、意見が鋭く対立します。でも、これからの時代は、違う意見を持つ人たちが、率直に意見を交わす場があっていい。世界の移民問題、女性の社会参画、LGBTQなど、今だからこそ市民レベルで考えるべき課題はたくさんある。まずは、話し合う、学び合うことが、社会の新しい潮流になればと思います。

 

行政が深くかかわってこそ、地域は活性化する

沖縄の行政職員には、独特の雰囲気を漂わせる方がたくさんおられました。市民グループの会合に顔を出したり、自治会の飲み会に参加したり。積極的に地域活動へかかわっていた印象があります。日本全国で見れば、こうして生き生き働く行政職員は少ないかもしれません。

 

市民団体、NPO法人が活躍するのは、素晴らしいことです。しかし、民間の努力だけでは、良い取り組みもシステムになっていかない。行政が地域に深く入って、実際のニーズに即した政策を打ち出してこそ、継続的、持続的な地域づくりが可能になるはずです。

 

僕は、イベントや講座を企画・運営していますが、キーパーソン的な行政職員の方を、よくお呼びします。地域の人たちと、直接つながってほしいからです。こうしたことは、コーディネイターとして、行政でもなく、民間にもつかず離れずの、微妙な立ち位置だからできることなのかなと。

 

(聞き手・ライター上田隆)

 

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