足立の職業人が、中学生に伝えたこと

教育

ルポvol.30 【教育2】

バイクから降りもせず、16歳の少年は、「俺、バイトしたいんです!」と言い放つ。それでも「明日、来い」と受け入れた寿司屋の大将は、その後数年間、毎日彼を厨房でしごき、社会人として鍛え上げた。さらに数十年後の今、かつての少年が、壮年の経営者となった姿で、「思えば、よく雇ってくれたよな」と本音を言えば、居並ぶ中学生たちがどっと笑った。

 

「自分で決める人生を」と親方が指南

2021年11月13日、足立区立花保中学校で開催された「職業人に話を聞く会」。2年生72人を6グループに分け、同区内で活躍する職業人6人が、仕事内容や人生経験を語った。各々の教室を急ぎ足で駆け回って見学すると、生徒とのやり取りが面白くて、思わず足の止まったところがあった。その壇上に立っていたのが、元寿司職人の曽根雅宏さんだ。現在は、住宅設備や防水工事など建築業務を請け負う株式会社MIYABIの代表を務める。

 

熱心に聞き入る生徒たちに交じって、机につっぷす1人の男の子。曽根さんは、「飽きたか? もうちょっとがんばろう!」と声をかける。すると突然顔を上げ、「将来、何をしていいか分からない!」とその子。なかなか手ごわい。しかし、百戦錬磨のツワモノは、話をどんどん進めていく。「自分の将来は、自分で決めること。でも、実はもっと大事なのは、自分で納得すること」という言葉には、模索しぬいた人の重みがある。講義後、「大変でしたね」と声をかけると、「うちの会社には、やんちゃな子がたくさん来るので慣れてますよ」と、懐深い「親方」の顔になった。

 

地域で活躍する業界の「異端児」が講師に

ほかの講師陣も、個性的だった。保育士の橋本久美子さん(vol.13)は、シングルマザーや女性受刑者も支援する、ソーシャルワーカーとしての幅広い仕事を紹介。東武鉄道営業部で元運転手の沼田幸徳さんは、トラック運転での交通事故がきっかけで鉄道会社に転職したいきさつを話す。メニサイドの中里貴子さんが示そうとしていたのは、「紙布(しふ)」に魅了され、その品開発・販売を行う会社を夫と立ち上げた経緯や思い。思春期の子どもたちを支援するNPO法人カタリバのスタッフ・有田いず美さんは、NPOに関心のある子の質問に丁寧に答える。御巣鷹山飛行機事故支援やドキュメンタリー映画制作も行う建築家・工藤康浩さんは、好奇心旺盛だった中学時代の自分を披露。どの人も、驚くほど率直に、挫折や失敗も込みの人生経験を大いに語っていた。

 

子どもに伝わったメッセージを発表会で聞く

1カ月後の12月13日、花保中学校の体育館を訪れてみた。そこで行われる「職業人に話を聞く会」についての発表会で、子どもたちが得たことを直接聞きたかったからだ。

 

コロナ対応のため、四方のドアが開け放たれた館内は、とても寒かった。今回初の試みだそうだが、パワーポイントで行われた発表を見ていると、情報化社会の度合いが、またぐんと進んだと感じる。彼らの情報収集力はなかなかなもの。ネットで調べたのか専門用語も手際よくまとめている。文章、写真、レイアウトの配置も巧み。構成は、まだまだ改良の余地ありか。

 

子どもたちのレポートの中から、講師たちの印象的な言葉があった。メニサイド・中里さんの「仕事に資格はいらない。まず好きであること」、そしてMIYABI・曽根さんの「何度か失敗してから、うちに来てほしい」。

 

道は、学歴社会の単線だけじゃない。脇道小道もあれば、転げ落ちる崖、その下の道なき道もある。11月の講義で、6人の講師の全員が自身の言葉でそれを伝えていた。「多様な道がある」ということだけでも、子どもたちの心に刻まれればいいなと思う。

 

そして、学校と地域のかかわりという視点で、「職業人に話を聞く会」に改めて関心を抱く。今回の会について経緯や意図を、花保中学校主任教諭の泉明美さんにうかがってみた。すると学校を支えようとする地域活動の現在が見えてくる。

 

(花保中学校主任教諭・泉明美さんのインタビューは、2020年11月25日、花保中学校にて行いました)

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