ルポvol.54-5 【貧困】
「生きづらさ」や「貧困」は、アートで癒されるか? 写真家でありながら、NPO法人「山友会」にて生活相談員を務める後藤勝さん。同会による「山谷・アート・プロジェクト」について紹介したい。会場のスクリーンに映し出された山谷のおじさんたちの作品世界は、まさに独特。「いい写真」の固定概念をユーモラスに覆えしつつ、作品に「人生」が凝縮している。この活動には原型あり。後藤さんがかつてかかわった、戦災や災害の被災地の子どもたちに向けたアートプロジェクトがそうだ。「写真家が、生涯を賭してこだわり続ける「写真を撮る意味」が深い。
この講演は、2月13日、般社団法人「あだち子ども支援ネット」(代表・大山光子)が主催した「コネクトリンクフォーラム「貧困を語る」で行われた講演の1つ。NPO法人「友愛会」の田中健児さん、キュレーター・エデュケーターの川原吉恵さん、連合東京の真島明美さん、摩パブリック法律事務所の弁護士・幡野博基さんに続く第5段。
<講演・後藤勝さん>
NPO法人「山友会」で生活相談をしている後藤勝です。今日、紹介させていただく「山谷・アート・プロジェクト」では、2年前から大山さんと橋本さんに審査員を、無理やりお願いしておりまして…。今日本では、芸術やアートを通して、「地域を盛り上げる」「人と人をつなぐ」「居場所づくり」などが行われています。アートにしかできないことがあると思うんですよね。まずは、「山谷」での活動に至るまでの経緯をお話できればと。
インドネシアで被災した少女が向き合ったこと
1枚の写真から始めます。スマトラ地震で被災したインドネシア・アチェ州の風景で、撮影したのはアナという当時9歳の少女です。
2004年、通信社の報道カメラマンとして、この地で独立戦争の取材をしていました。そのとき、スマトラ沖地震による大津波に遭遇したんです。仕事仲間の何十人かが、波にのまれて行方不明に。被災後、ほかの仲間が集まり、「写真を使って、この国の人々、子どもたちのために何かできないか」という声が上がりまして。それで2006年、アチェの難民キャンプを回って、子どもたちと交流を深める写真プロジェクトを行いました。6年前、僕は、ミャンマーとタイの国境にある難民キャンプでの同様のプロジェクトに参加しており、その経験を生かしたんです。
アチェのプロジェクトで一番印象に残ったのがアナでした。彼女は、家ごと家族が流され、1人だけベッドにつかまって生き残ったそうです。最初は心を閉ざして、何もしゃべらない。ある日、「何か一番大切なもの、記録に残したいものを撮ってきたら」とカメラを手渡すと、1週間後にフィルムを持って来る。現像してプリントすると、上の映像が浮かび上がりました。瓦礫だらけの荒れ野は、彼女の家があったところです。「これまで怖くて行けなかったけど、何とか足を運んで撮った」と言う彼女は、何か吹っ切れた様子でした。表彰式では、「ずっと家族と住んでいた大切な場所です」と、みんなの前で自信を持って発表したんです。
ユニセフ(国際連合児童基金)で、被災した子どもをケアするスタッフはこう話します。「紛争地で親を殺された子どもは、その場面を絵に描くことがある。表現することで、トラウマに向き合い、乗り越えることができる」と。
アチェのことが強く心に残り、以降、世界中の友だちと一緒に写真プロジェクトを行いました。東日本大震災の被災地、アメリカ・ブルックリンのスラム地区、サンフランシスコにあるLGBTQ+のコミュニティを巡り、そして山谷にたどり着いたわけなんです。
おじさんたちの写真パワーがイギリスに届く
2010年、僕は30年住んでいた海外から帰国します。日本で社会問題にかかわるNPOで働きたいと、山谷の「山友会」で生活相談員を務めることに。同会は、元々、日雇い労働者向けの無料診断所から始まりましたが、今では路上生活者の支援、炊き出し、生活相談も行っています。僕が写真家なので、スタッフと「何か写真でやらないか」という話になり、おじさんたちに声をかけると7人が集まりました。そして2015年、「山谷・アート・プロジェクト」を結成。現在メンバーは、30代から70代の10名です。1人につき1台、コンパクトカメラを渡して、好きなように撮ってもらう。そのうち飽きてくるので、こちらから「毎日食べるもの」「山谷の変わりゆく様子」などとお題を出すことも。
話は飛びますが、2018年、イギリス・マンチェスターで開催された「国際アート・ホームレス・サミット&フェスティバル」に、メンバーたちの写真を紹介しました。会場では「なんであんな豊かな日本に、こんな風景あり、こんな人たちがいるんだ!?」と驚きの声が。おじさんたちの写真が高評価を得まして。僕の将来の夢は、メンバー全員をイギリスに連れて行くことです。
第一線の審査員をうならせた「山谷アート」
毎年、清川区民会館で、メンバーの作品を、オンラインで公開し、審査するフォトコンテストを開催しています。選考方法は、一般投票と、様々なジャンルの審査員(アーティスト、メディア、NPO関係者など)からの投票で各賞を決定。応募者のメンバー全員に何かの賞を受賞してもらいます。発表会当日の午前中は、一般参加者と山谷を巡る撮影会、午後に表彰式を行います。審査員が出席されるときは、ご本人から直接受賞者に、手づくりの表彰状を手渡してもらいます。僕もそうですけど、大人になれば、普段、褒めてもらうことがないじゃないですか。特に山谷では、1人暮らしで、人とのつながりが薄くなった人が多い。表彰台に上がることで、誰かに認められ、みなさんと喜び合う機会を持ってほしいなと。
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