ドイツの母子施設を訪れて

貧困

ルポwol.54-2【貧困】

 

ドイツでの、子ども支援と貧困の取り組みとは?

ベルリン州の支援施設を視察した川原吉恵さんの講演を以下記録。

合理的な制度や、「子どもの権利」への意識の高さがすごい。

 

この講演は、2月13日、般社団法人「あだち子ども支援ネット」

(代表・大山光子)が主催した「コネクトリンクフォーラム「貧困を語る」で行われた講演の1つ。前回のNPO法人「友愛会」の田中健児さんに続く第2段。

 

川原吉恵さんはキュレーター、エデュケーターとして活動される方だ。講演のお題は、「ドイツの母子支援と貧困への取り組み」。ドイツ連邦家庭・高齢者・女性・青少年省と文部科学省主催の「2023年度青少年指導者セミナー」の一員として視察したベルリン州の支援施設の取り組みを紹介した。ちなみに川原さんは、DE&Iのアートプロジェクトを研究・実践しながら、世田谷区教育委員会教育政策・生涯学習部生涯学習課事務局として知的障害者の青年学習も担当。


<講演・川原吉恵さん>

テーマ「子どもの貧困」で、ドイツを視察

はじめまして。川原吉恵と申します。昨年の11月に、文部科学省主催の「日独青少年指導者セミナー」に選ばれ、ドイツに行かせていただくことになりまして。ドイツでの子どもの貧困に対する取り組みと、青少年教育について視察してきました。滞在したのは2週間ほど。本日は、「こういったことを見てきましたよ」という視点を、みなさんと共有させていただき、ご一緒に「考える」一つのきっかけになればと思います。

 

では、「ドイツの母子支援と貧困の取り組み」というタイトルでお話します。ベルリン、ケルン、アルデンブルクの3都市を回りましたが、今回はベルリンでの事例に絞ります。

 

障害のある弟と

本題に入るまでに、まずは自己紹介を。

私は、教育委員会の生涯学習課で知的障害者の青年学級を担当している社会教育指導員で、エデュケーターとしては集いの場づくりのプログラムをデザインしています。といっても、実はただの「遊び人」でして。「みんながちょっとだけ、何か楽しくならないか」「面白いことができないか」などと考え、日々暮らしているような人間です。

 

最近、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」という言葉が注目されています。「ダイバーシティ&インクルージョン(差別なく個々を生かす考え方)」に、「エクイティ(Equity/公平性)」が入ったものです。「各々の特性に社会の方が適応し、すべてのみなさんが生き生きと活躍できるように」という考え方で、今、企業にも徐々に取り入れられています。私も、同様の考え方のアートプロジェクト、プログラムを研究・実践しています。

 

なぜ「DE&I」に関心があるかというと、家族がきっかけです。10歳下の弟がおり、重度の知的障害のあるダウン症です。妹も3人おりましたが、両親が「男の子を」と望んで、5人目にやっと生まれた男子でした。

 

出産時、私は家で待っていましたが、1週間たっても母親が帰らない。10歳になっていたので「何かあったな」と感じましたが…1カ月後にようやくちっちゃい赤ちゃんと帰ってきます。母も、私たち家族も、弟の障害を完全に受け止めるまでは、すごく時間がかかりました。でも、根が明るい家族なので、楽しく成長を共に。今も、九州・熊本の実家では、弟と母はじめ、みんな元気に暮らしております。

 

大変なこともありました。赤ちゃんのとき、弟の息が止まった、ミルクが飲めない、となったとき、夜中に救急車が、ピーポーピーポーと救急車のサイレンが闇を裂いてうちに止まる。月に何回も…何回もです。母が弟を連れて入院しますから、家にいなくなる。すると私の同級生のお母さんたちが、かわるがわる「晩御飯、つくりすぎちゃったのよね。食べてくれない」と、ハンバーグを10個も持って来てくれる。鍋ごとのカレーや肉じゃがなども。そんなたくさん、余分につくるわけないじゃないですか…。私たち、弟以外のきょうだい4人は、そういうご近所の方に支えられながら、小・中学校に通ったなと。東京に出て、大人になり、結婚して子どもを産んで、今度は人から受けたことを返す番じゃないかなと。

 

【ベルリン州リヒテンベルク区青少年局】

ベルリン青年局の支援体制「ピラミッド」

参加した「日独青少年セミナー」に協力いただいたのは、ベルリン州の北東に位置するリヒテンベルク区の青少年局、日本で言えば「福祉局」の一部門ですね。もちろん、高齢者福祉課などもあるのですが、私たちのテーマは「子どもの貧困」だったので、ベルリンの青少年局家庭支援策調整室が管轄する母子支援施設等にうかがいました。

 

ちなみに同局の「支援・給付」概要は、次のピラミッドのように(スライドの図を示す)。

底辺の4段目は基盤となる一般向けのもので、「保育、青少年育成、家庭啓発、早期支援、訓育的青少年保護」。具体的には、保育、ユースハウス(居場所)、親カフェ等に対する支援を行い、すべての親御さんが対象となります。その上の3段目は、「相談、負担軽減、支援」で、青少年ソーシャルワーク、相談、養育費立替、補佐などの支援。ここまでは申請がいらない。

 

その上になると申請が必要になってくる。

2段目は「寄り添う支援と個別支援」で、養育援助、統合支援、育児相談など。天辺の一段目は、「児童保護」で、子の福祉の危険判定、保護措置(一時保護、後見)など。

 

1・2段目で、なぜ「申請」なのかといえば、移民の方々に対応することも多くなるからです。日本と違い、陸続きのドイツでは「移民」は大きな問題。言語が違ったり、ドイツ語が分からなかったりで、書類はどうしても書けない。そこに対応する専門の支援者の数が追い付かないと、3都市で聞きました。今、ウクライナで戦争をやっておりますので、窓口にはロシア語の張り紙が貼ってありましたね…。問題が複雑な上段ほど対応できる支援者も専門職も数が減ってしまうことも課題として挙げられました。現在、1・2段目の専門家が80名、全スタッフは309人とのこと。

 

子ども・若者に直接「権利」を伝える

グループで拝見したのは、「社会的養護入所型施設」である母子支援施設と養育援助施設。心の障害や学習障害のある子どもや養育の必要な若者などへの「総合支援」も行うところでした。ドイツらしいと印象的だったのが、「子どもや若者は、権利を持っているんだ」という権利教育。もちろんスタッフ自身、その認識を共にしています。これはアルテンブルク郡での事例でうかがったことですが、中には、「ソーシャルエデュケーター(社会教育福祉士)」という肩書の方もおられました。路上にいる子どもたちに「君たちは、こういった支援を受ける権利があるんだよ」と直接呼びかけるアウトリーチ(支援者側から支援を届ける)を行うそうです。

 

制度を利用するには、申請をしないと受けつけてくれないのは日本と同じ。「言葉も分からないし、文字も書けない」という子どもたちに対してどうするか。「書き方を教えるよ」と、スタッフが施設に案内するそうです。そもそもドイツは、保育園から大学、大学院まで、教育が無償。一般人に対する生涯学習や、リカレント(学び直し)教育も同じ。もちろん自国民だけでなく他国民に対して、「学びたい」すべての人に対して教育は無償です!

 

また、ドイツのスタッフのみなさんが強調するのは「自助」への支援ですね。「本人たちが、自立し、自活し、より良く生きていける力を養うために、自分たちは支援するんだ」という意識が徹底している。制度も、スタッフの意識も、本当に素晴らしいなと。

 

「愛情」に満ち「安全」を感じる施設

ベルリンで訪れた支援施設は、インクルージョン(性別国籍障害関係なく)で330人の子ども・若者たちが入所しており、かなり大きなところです。学校のような建物で、敷地も広い。夕方過ぎて行ったので、テーブルには子どもたちが用意してくれたケーキが並んでいました。「障害がある子は、入所者の10%」と説明されたのは、施設長のクラウゼさん。ソーシャルワークの大学の教授です。同施設は「青少年局とがっちり連携し、養育援助にかかるお金はちゃんと行政側から出ている」とのこと。

 

(スライド写真の部屋を指し)ここは、子どもの共同保育室で、加えて若い母親の共同グループの部屋でもあります。やはり「自助」が原則なので、生活できるようになると施設を出ないといけない。入所を待機している方がたくさんおられますから。また見学してみて、「この中にいると安全だな」っていう空気を感じることができました。

 

写真は撮れませんでしたが、子どもたちが室内にいっぱい。中学生たちがキッチンでお菓子をつくって、日本からの訪問者の私たちをもてなしてくれました。みんな、顔の表情がピカピカ輝いていて。施設長のクラウゼさんはじめスタッフさんたちが、子どもたちに、たっぷり愛情をそそいでいるんだなと。

 

施設長・クラウゼさんが大切にする2つのこと

母子支援において「インクルージョン」と「個別最適」の両輪が大切だと考えて、自分の仕事でもそれを意識しています。改めてクラウゼさんに支援の工夫についてうかがうと、2点指摘されました。

 

1つは「十分にスタッフがいること」。先ほども、専門職不足を挙げましたが、スタッフにゆとりがないと、心地良い空気をつくってあげられない。ただドイツには、十分にスタッフを確保していく法律がある。社会法典の第9編は、障害のある子どもについての法律。例えば、施設に、心臓に欠陥があるお子さんが来たとします。ここがドイツらしいのですが、この子の支援が大変だとなれば、法律に基づいて医療費の加算がされる。そうしたら行政側から看護師が来る。雇うお金は、青少年局からもらえる。両方から手当を受ける形でスタッフが増えると、現場が機能して十分な支援ができるわけです。ちなみに子ども全般については、社会法典第8編に法的請求権が定められています。

 

も1つは、「スタッフの資質、心構えの問題」と表現されました。例えば、「障害のある子・ない子へ、同じような対応ができるか」「両者が参加する工夫ができるか」「1人で暮らせるようにするにはどうすればよいか」など、常に最適解を考えてサポートできる資質をスタッフに求められていました。こうした意識を持つためには、「普通の市民が手を差しのべる社会を」とみんなが強く望む気持ちが大事だとも。

 

スタッフは、保育士が5人、社会教育士が1人。虐待など緊急性のある場合は、青少年局と連携し、すぐにスタッフが動ける体制をつくるということです。

 

この施設では、宗教も文化も違う子どもが集まり、難民の子どももすごく多い。障害を抱える子どももいる。いろんなトラブルも生じるでしょうし、そんな大変な状況での活動なんだと思うと、感慨深いものがあります。

 

「カウンシル(話し合い)」で輝く子どもたち

若い母親の共同グループには、本当にまだ子どものようなシングルマザーもおられます。そんな方を、ジョブセンター(職業訓練所)につなげることも。手に職や資格さえあれば、ドイツでは必ず仕事ができます。資格の取得後に、家を借りるお手伝いをしたりするなど、自立へのサポートの手厚さを感じました。

 

また、クラウゼさんから、「うちはカウンシル(グループでよく話し合って、物事をすすめる)なんだよ」と言われたのも印象的でした。「子ども代表会議」があって、リーダーの子どもたちが中心となって、みんなの意見をまとめ、色々と決めていく。もちろん大人のスタッフがサポートしますが、あくまで子どもたちが主体です。あぁ、だから子どもたちの表情が、とても生き生きしていたんだなと。

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