「写真」で、トラウマ乗り越えて

アート

エイズ病棟で出会った女性ティーのほほ笑み

戦闘が終わった後、2001年から、カンボジアのバッタンバン州にあるリファラル病院のエイズ病棟を撮影し始めました。そこで、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染したティーと出会ったんです。29歳の女性なんですが、もう枯れ木のようにやせ細ってしまって。夫はエイズで亡くなり、幼い娘を祖母に預けている。ひどい痛みの中で、もう死を待っているだけ。症状の悪化を食い止める薬も手に入らない。感染病棟を訪れるたびに、僕は、独学のカンボジア語で、彼女といろんなことを話しました。

 

2005年5月よく晴れた日、ティーは、「いつ死ぬかもしれないから、写真を撮ってほしいの」と頼むんです。キレイにお化粧して、一番お気に入りの洋服を着てる。数枚撮りました。写真を生業としている僕に、「撮らせてあげたい」という気持ちもあったのか…。

 

2カ月後、病院に行ったら、ティーのベッドには誰もいない。彼女は、亡くなっていました。友人のテットが、「ティーは死ぬまで、あなたのことを待っていたよ」と聞いて、力が抜けて。くやしくて自分を責めました。「写真を撮る目的は、あなたたちを助けること」と言った僕の言葉を、彼女は最後まで信じてくれたのでしょう。

 

どん底にいる人たちこそ、本当に優しいなというか、何かそういうことを感じました。

 

その後、タイや日本で、カンボジアのエイズ患者のために、「写真キャンペーン」を行いました。写真集を出版し、同時に写真展を開催。ラファエル病院からステープ医師を招き、イベントでカンボジアのエイズ患者の状況を伝えます。多くの人々から共感を得て、募金などの寄付も、ラファエル病院に行うことができました。

 

その人しか撮れない写真が、人、社会をつなぐ

そして、日本…。

 

コネクトリンク勉強会に参加して、「子ども支援」について学ぶと、気づいたことがあります。例えば、親に虐待されている子どもたちの気持ちって、多分、僕が戦場で体験したこと、津波で生き残った子が味わったことと、共通するんじゃないかと。山谷に暮らする人たちもそう。過去にいろんな凄まじい体験をして、ここにたどり着く。おじさんたちの場合、最終的には、山谷で老いて「死」を迎えることになりますが…。

 

僕は、元々学校で学ばず、誰かの弟子入りもしていない。遺体の写真を撮ることから、仕事を始めました。写真のクオリティよりも、撮ることの意味が、何より重要なんです。MISAOさんは「猫」、DAIMONさんは「看護師さん」が、シャッターを押す意味。その意味をつかまえれば、トラウマを乗り越えられるかもしれない。自分だけしか撮れないものを撮ったときに、その写真を介して、人へ、社会へとつながっていくからです。僕ともつながる。

 

今後は、子どもたちに向けた写真プロジェクトをやっていきたいですね。いろんな境遇の親子が、互いに撮り合うのもいいかな。

 

無縁仏の父と亡き母が遺した「一家団欒」の写真

山谷にかかわったのは、結局、父親のことが、心のどこかにあったからか。

 

父の死を知ったのは、アメリカにいた30歳の頃です。兄から電話を受けましたが、その時は、「そうか」で済ませました。一時帰国して死亡診断書を見たら、死んだところが「サウナ〇〇」と書いている。やはり最期はホームレスになって、無縁仏に。

 

ああ、思い出した…兄が「お前、興味があるか、分からないが」と、父の遺品だという箱を見せてくれて。父は、以前トラックの会社に勤め、そこの寮に住んでいたそうです。会社を辞めて、ホームレスになったのでしょうが、寮は父の荷物を残してくれてました。箱の中には、写真立てがいくつかあって、部屋に飾ってたらしいのですが、その一つに、5歳くらいの僕の写真があったんです。家を出た当時の父は、母、そして大学生だった兄と大喧嘩をして、以来ずっと仲が悪かった。父にとっては、まだ小さかった僕だけが、生涯味方に思えたのかもしれません。

 

後悔しているのは、父を探そうとすれば、探せたことです。母はきついところがあり、許さない。僕が探し始めたら、嫌な気持ちになるだろうなと、それができなかった。

後で分かったのですが、実家から歩いて20分ほどのところに、どうも父は住んでいた。僕に見つけてほしかったのかもしれません。こないだ山友会で、同じパターンの相談者がいて。70歳のおじいさんで、離婚して以来ずっと別れている息子と会いたいと(笑)。「良ければ僕が探しましょうか?」と伝えると、「いや、向こうが会いたくないだろうね」と悲しそうに言いました。

 

2011年、45歳の時、余命が1年になった母と過ごしました。母の死後、遺品を整理してたら、押し入れの奥から3冊のアルバムが出てきまして。中に、父と家族全員が写った、唯一の写真があったんです。父はいつも撮る側だったので、家族4人いるのは他にない。知り合いの親子3人と一緒に写っているので、近所の誰かが撮ってくれたのでしょう。

 

僕は覚えていないんですが、父は、映画関係、舞台美術の仕事をしていたようなんです。趣味で2眼レフの本格的なカメラをたくさん持っていた。だから、キレイな写真が残ってて。

…今、言われて気づきました。そうですよ。確かに、「写真」でつながってますよね。すべてが。

 

(聞き手・ライター上田隆)

 

 

<問合せ>

 

NPO法人 山友会

〒111-0022 東京都台東区清川2-32-8

TEL:03-3874-1269  FAX:03-3874-1332

e-mail : info@sanyukai.or.jp

NPO法人 山友会 公式ブログ
認定NPO法人 山友会さんのブログです。最近の記事は「4月24日水曜日、アウトリーチを行いました。(画像あり)」です。

 

リマインダーズ・フォトグラフィー・ストロングホールド

〒131-0032 東京都墨田区東向島2-38-5

FAX:090-1902-3270(後藤)

e-mail :masaru.goto@gmail.com

Home - Masaru Goto Photography
Masaru Goto has 30 years experience photographing social and human rights issues in South America and Asia, as well as in Japan.His photographs convey a strong ...

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました