「児童福祉司」で「里親」だから、見えること

児童施設

幼い男の子2人を引き取り育てて、もう9年

今、うちの子どもは、高校1年生と中学2年生です。男の子の兄弟で、7歳と5歳のときから育てています。2人が一時保護所にいるとき、「どうやら親御さんが引き取れない。上の子は小学校1年生で学校にも通わせないといけないから、あなたのうちで預かってもらえないか」と、里親登録している私に、児童相談所から打診がありました。夫と相談し、それぞれの両親とも話して、翌朝OKしたんです。うちは何歳でもいいし、性別もこだわりがありませんでした。私の経歴からして、絶対に非行少年が来ると思っていたのですが、こんな小さな子なんだぁと、驚いたことを覚えています。

 

1カ月かけて3回顔を合わせて、4回目に1泊したんですね。そのとき「おじちゃんとおばちゃんのうちで、暮らしてみない?」みたいな話をして、「うん、そうする~」と子どもたち。それっきり、もう9年が経ちました。児童相談所の「何か月かもしれないし、1年かもしれない」というのは、本当にあてになんない(笑)。

 

最初、子どもたちは私たちを「おじちゃん」「おばちゃん」と呼んでいました。そのうち、私と夫が呼び合う「てっちゃん」「ゆかりちゃん」と自然に言うように。それでもいいかと思っていましたが、授業参観のとき、子どもが振り返って「ゆかりちゃ~ん」と手を振る。子どもに名前を呼ばせているアホな親になってないかと反省。それで子どもたちと話し合いました。実の親は今も別に暮らしていて、「パパ」「ママ」と呼んでいる。それで話し合いの末、「父ちゃん」「母ちゃん」ということに。

 

里親になって感じる日々の葛藤

うちの主な養育者は、夫なんです。夫が転職をするといって仕事を辞めたとき、子どもが2人来て、次の仕事を始められなくなって。途中から、「ずっと子育てしてたら煮詰まる」と、パートを始めましたが。

 

子どもの面倒を見ている時間は、夫の方が長い。私が帰宅すると、夫は子どもに、宿題を見ながら、なにかガミガミやってる。「そんな言い方しなくてもいいんじゃないの?」と、とがめると、「いつも見てないから、そんなことが言えるんだよ!」と返してくる。「オレなんか毎日、この教科書の音読を聞きながら、ご飯つくんなきゃいけないのに。プラッと帰ってきて、呑気なこと言うな!」と怒る。そのとき、一般家庭の逆バージョンだなと。母親だからキーキーいうんじゃなくて、「役割」がそうさせるのかと、そのときすごく実感しました。

 

子どもたちは実親と交流があります。364日、うちで面倒を見ていて、1日だけ面会したら、「欲しいもの買ってくれたぁ~」「とっても優しかった」と嬉しそうにしていると、本当に面白くない気持ちになる。児童相談所の職員としては、子どもの前で、そんな気持ちを顔に出してはいけないと分かっているのですが…。いろいろ思って、私たちも心が揺れてしまうし、子どもたちもいわゆる「忠誠葛藤」を感じ、少し不安定になったりする。

 

私たち里親は、「パパ」「ママ」には、実際お会いしたことはありません。しかし、年月を経るほどに、当初のちくちくするライバル心が和らぎ、遠い親戚のような感じに。最近では、子どもがあちらに行くとき、成長の様子を知らせてあげようと、アルバムを持たせてあげます。そんな風に、私たちの気持ちも変わってきています。

 

小学校の授業で、「里子」であることを発表

里子の名前の問題もあります。うちの子どもたちは本人の希望により、我が家の姓を通称名としていますが、保健証は実親のものを使っているので、病院ではそれで呼ばれてしまう。かかりつけの病院、学校では、いちいちすり合わせて通称にしています。でも、そういうことをコソコソしなきゃいけないのも、おかしいねって、いつも思っていました。

 

小学校では、2年生のときに「生い立ちの授業」、4年生のときに「1/2成人式」があります。その際、里子であることをカミングアウトしようと、うちの母も入って作文を、家族みんなで考えたんです。「ボクは、〇〇区で生まれました。生んでくれたパパとママが育てられなくなったので、今の父ちゃんと母ちゃんの家に来ました」という文を書きました。

 

2年生の弟くんは、発表のとき緊張して、泣き始めてしまって。本人は、悲しい話とは思ってなかったのですが。そしたら保護者の人たちも鼻をすすりだし、それにつられて私も泣いて。その後の保護者会では、「私たちも親としては新米なので、みなさんいろいろ教えてください」と言えました。秘密にしていると、打ち解けられない感じですけど、オープンにすることで、なんかすごく受け入れられたなぁと。

 

お兄ちゃんの方は、1/2成人式で発表。後で「お友だちの反応どうだった?」と聞いたら、隣の女の子が、「あんたも、いろいろ大変だったのね」と言ったとか。なんか子どもって、そんなもんですよね。また、「ボクは、おじいちゃん、おばあちゃんに育てられているんだ」とか、「私は、お母さんしかいないんだ」とか、いろんな子が教えてくれたそうです。

 

当初、学校で発表したいと希望したとき、2年の先生は止めました。「じゃ、1度お話させてください」と、夫と学校に行って、学年主任の先生たちを説得したんです。「子どもたちが話したいと言っていることを止める必要があるのか」と。先生たちが想定しているステレオタイプの家庭ばかりじゃないことを、子どもたちが発信することで、イジメがなくなるとか、マイノリティの子たちが救われることになるかもしれないと話しました。それで先生も納得されて。

 

里子を育ててみて、親の気持ちが理解できた

里子を育てることで、児童福祉司としての仕事にも幅ができました。実は、うち、実子がいないんです。これまで、児童相談所の親御さんに、「お前、子どもいんのかよ?」と尋ねられると、「いませんが、多くの子と暮らしてきたから、子どものことはよく分かります」と答えてきました。するとよく「施設の職員と親では立場がぜんぜん違う。分かるわけがない!」と叱られ、「まぁ、それもそうだよねぇ」と。でも今では、「いますよ」から、話に入っていける。

 

「一生懸命手伝った宿題を、置き忘れて学校へ行っちゃう。あれ、イラッとするよねぇ」とか、「毎日の弁当、どうしてる?」とか、リアルな「子育てあるある」の話ができるようになったのはありがたいなと。

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