実の子じゃない子育て、「困ってる」と言っていい

里親・中途養育者
甥を救えなかった行政機関と親心

思春期になると、甥が警察沙汰を起こしました。事件に巻き込まれ、家出をしたのですが、これには精神的に参りました。

 

警察に行って相談し、「捜索願いを出すので、連れ戻してほしい」と頼むと、「居場所が分かってるので、できません(知人の家に転がり込んでいた)」と断られました。児童相談所に電話し、「私が『暴力をふるう虐待者』ということにしてもかまわないので、そちらで保護してくれないか」と掛け合いました。しかし「本人の同意がなければダメ」だと。今から思えば冗談みたいな話ですが、当時の私は追い詰められていました。

 

行政の対応は、申請主義というか、「申請したものに対して受理する」という立場です。訴えないと声を拾ってくれない。「拾ってくれ」と言っても、「その形式にはまらなければ無理です」と。「『ちょっと困っているから』じゃ、ダメなんですよ」ということが多い。

 

甥は、「発達障がい」には該当していなかった。一生懸命に支援すれば、「自閉スペクトラム」もしくは、PDD(広汎性発達障害)になったはず。しかし、うちの親族、義母や妻にしても、病名を特定することに熱意がありませんでした。「病名をつけたら、どうなるの?」「何か、変わるのか?」と。それで何もしなかった。後で二次障害のような行動から、大変な目にある訳ですが。

 

一方で、姪は、「ADHD」と診断されました。

多少なりとも支援の枠に入ることが出来たのは甥よりも良かったと思いますが、逆にいえばそれだけ社会的不利を持ち合わせているということでもあり、三十路間近にして、自立という面では未だに厳しいです。

 

「普通の家庭像」から外れる恐怖

中途養育者となって様々な問題に直面するうち、自分の家でもそうなんだから、よその家でも同じようなことがあるんだろうと思い始めます。改めて私もいろいろ勉強しなければいけないと、2009年10月から、東京未来大学の通信制で児童心理学を学ぶことに。そんな折、「発達しょうがい足立区の会 ゆに~く」の存在を知って参加。それから地域の発達障がいにかかわり始めるようになったのです。

2016年には東京都23区で初となるペアレント・メンター事業として、「ねっとワーキング」(前回のルポvol.3にて紹介)の立ち上げにも携わりました。中途養育者を支援する「A-step」「中途養育者サポートネット」の活動は、2010年から開始。

 

中途養育者の支援活動では、親の子に対する虐待の問題を、ずっと考えています。

 

こないだ、目黒で5歳の娘を虐待死させてしまったお母さんが『結愛(ゆあ)へ―目黒区虐待死事件 母の獄中手記』船戸優里・著/小学館)という本を出した。キンドルで買って読んだんですが、共感する部分があるんですよね。彼女ほどではないにしろ、自分も同じようなところに落ち込んでいたんだなと。このお母さんは、獄中、自身の虐待と向き合うことで、何が起こったのか世の中に発信しないといけないと思い、手記を公開するに至ったようです。

 

そんなふうに私も、自分の胸の内を、もっと外に語らないといけないなと実感したんです。中途養育者は、声を上げないんですよね。「困ってないから」と言う。みんなそう。「困っていないから」と言うけど、いろいろ話をすると「なんとかなんないかな…」と、困っていることがありありと分かる。そこで「困ってるなら言いなさい」と言うと、やっぱり「困ってない」と隠す。

普通の家庭像というか、そこから自分の家庭が落ちているところは認めたくないわけです。問題が悪化して、どうしょうもないところまで来てしまうと、結局、泣きながら「なんとかして欲しい」と、助けを求めることになってしまう。

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