ルポvol.57 【名教師】
「あれ、先生は?」。さっきまで横にいた森永徳一さんがいない。気づくと、待ち合わせている中学校の門前から10m先、ランドセルを背負った子どもと話ながら近づいてくる。後で聞けば、「近所の小学生だけど、朝9時に登校するのが気になって」と森永さん。目前の同中学校の元校長先生だから、子どもは当然その顔を知らない。だが、瞬時に心を許させてしまうのが「根っからの教師だなぁ」と。足立区立伊興中学校に開設された不登校児の別室「彰風ルーム」を見学したときのことだ(私も参加する「子ども版地域包括支援センターをつくろうの会」が主催したもの)。
「校長が変われば、学校は変わる」を実践
「公立の小中学校が変だなぁ」と思うことを、最近よく耳にする。「教室に入る際、『右足から入ろう(体が子どもの方へ向くから)』と、教師間で取り決められた」「教科内容が、日割りの予定通り教えられてるか、上司の教師が新人教師をチェック」「担任教師は、一人ひとり生徒の記録を、毎日パソコンに入力」。教師が、決まりや業務にがんじがらめなのだ。肝心の子どもに向き合う時間も余裕もない。
森永さんが校長時代に実践したのは、まるっきり逆である。「子どもへ直に向き合う」、その1点に集中した。校長室のドアを開け放ち、全生徒1人ひとりと対面して、親身に話を聞いた。教師には、学習指導要綱に多少外れてもいいから、楽しくなる授業を奨励。学校を、保護者や地域に開いて、どしどし交流。結果、荒れた子どもたちは落ち着き、勉強に部活に没頭するように。学校全体の学力が、たちまちレベルアップした。既存の制度においても、校長が変われば学校は変わる。それを証明してみせた森永さんの知見や経験は、今こそ貴重である。
足立区の学校とかかわり続けて40年
教育者としてのキャリアは長く多彩だ。1977年より、駒込中、西新井中に勤務。1993年より教頭として、足立三中、伊興中に赴任。2001年より校長として、東島根中、上沼田中、伊興中を歴任。2010年に教職を辞職後、2017年まで埼玉県立大学の講師として「教育方法論」を未来の教員に指導。現在、日本子ども支援学会常任理事を務められている。特に、足立区の気風を愛し、同区の小中学校に思い入れが深い。子どもたちが心身豊かに育つ学び舎に変えようと東奔西走。そのご多忙の中、快く取材に応じていただいた。
当日、待ち合わせの喫茶店へ、予定の30分前に行く。すると、もう奥のテーブル席に着いて、待っておられた。「かなわないな」と思う。インタビューが始まれば、こちらの意見も「そうそう!」と、熱く受けて止めてくれる。「自分が中学生の頃、ちょうどバリバリ30代の先生だったんだ」とふと脳裏に浮かべば、その姿が母校の恩師の面影にだぶる。
(森永徳一さんのインタビューは、2024年2月22日、北千駅前の喫茶店にて行った)
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