Q危機管理研究会を設立した意図とは?
A1 教育界だけでは、いじめ解決は無理
文科省が発表した2023年度版の「児童生徒の問題行動調査」があります。いじめ、不登校、校内暴力が、いずれも過去最高なんです。いじめにしても69万件。校内暴力は、小学校で激増しています。学校側は、その事態に対応しきれていない。教師の指導で子どもたちが死に至る「指導死」も問題になっています。また、「いじめ防止法」は画期的な法律ではありますが、どう見ても事後対応がメインで、「防止」面が弱い。
私は、もう40年も教師をやってきて、児童生徒の問題行動にずっとかかわってきました。校内暴力から始まって、不適切な指導・体罰にも取り組みました。「学校側はいじめに関心がない」といつもあえて断じますが、もちろん真剣に取り組む先生方もたくさん知っています。現場だってそれなりに努力している。しかし2023年度もそうだけど、「なぜ増えちゃうの?!」と。これまでみんなが「ああでもない、こうでもない」といろんな知恵を絞ってきました。方法論が正しくないこともある。国の施策も教育現場の取り組みにも落ち度があるでしょう。長い教師生活を経て出た結論は、「これはもう教育現場の、あるいは教育学を中心とした知見だけでは、解決決不可能じゃないか」と。まったくわれわれと違う分野、他の視点を持つ人と一緒にやれば、何か新しい切り口があるんじゃないか。ということで、この会を立ち上げました。
ここでは、危機管理の専門家の先生方はじめ、さまざまな分野からエキスパートの方々が参加されます。「協力したい」と手を挙げられるなら、どんな分野の方も大歓迎ですよ。
A2 当事者と専門家の協働体制をつくりたい
もうひとつは、当事者にもメンバーに加わっていただくこと。3月16日に開催予定のキックオフイベント(日本大学にて開催)では、当事者3名がお話されます。はるかさんは、不適切指導が原因で弟さんが自死されたご遺族で、同様の被害者を支援する会の共同発起人も務められています。愛さんは、高校3年当時、同級生から性加害を受けた被害者。もう一人は、中学生ですが、小学生当時、いじめに遭いながらも、加害グループの仲間割れで孤立した加害児童に寄り添った子です。
同会としては、被害者のお子さんや保護者の声を直接うかがい、防止のやり方、事後対策の具体的な方法を考えます。従来の研究会や学会では、どうしても専門家だけの議論や知見に終始してしまう。しかし現場から学ばないと、本当に意味のある改革はできないでしょう。われわれは、研究は研究として知見を重ね、それを当事者の方々にフィードバックしつつ、具体的な対策を練り上げていくつもりです。
同会の窓口は、僕と刀根麻理子さんが受け持ちます。刀根さんは、いじめ問題に取り組む「ヒューマンラブエイド」で共に活動するパートナー。元々歌手なんだけど、いじめサバイバーで、被害者の感覚をお持ちです。専門家と当事者の間を橋渡しするのが、われわれ2人の役目かなと。
Q地元・足立区に求めることは?
A1 「学力向上」の前に、まず「安心安全」を
私は、地元の足立区でも、いじめ問題に積極的に取り組んでいます。しかし足立区を見ていると、校長をはじめ、「いじめに関心がない」と言わざるを得ない。区としては、「学力向上」に力を入れています。学力テストの実施を強化したり、民間学習塾と提携し「足立はばたき塾」を開設したり。保護者はそれを支持するでしょう。私は、学力向上を否定しているわけじゃない。教師として長年、学力向上に努力してきました。言いたいのは、学校が、安心して勉強や運動ができる環境じゃなければダメでしょと。いじめを受けて自己肯定感がダダ下がりで、「勉強するぞ!」となりますか? なりませんよ!
私が考える学校の最優先業務は、「子どもの安心・安全」で、それ以上のものはありません。いじめが原因で不登校になる子も存在します。学校に踏み入れなければ、友だちとのふれあいもない。人間関係を学ぶ機会を奪われてしまう。こちらの方が問題なんです。
A2「不登校児の聞き取り調査」を早急に実施せよ
足立区には1,700人以上の不登校児童が存在します。中には、いじめが原因で行けなくなった子もいる。
今年1月、私は足立区の教育委員会と意見交換しました。話の折、担当者に「『なぜ学校に来れないのか?』を、不登校のお子さん当事者に質問したアンケートを行い、それに基づいた分析はされましたか?」と尋ねると、「してません」というので呆れました。ただ、文部科学省では、毎年10月に、「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の中に、不登校の原因もデータとして出しています。これは、全国の校長たちが、教育委員会を通じて文科省に提出したデータをまとめた調査で、大本の数字は現場の教師が回答したもの。それによると、不登校の原因として、いじめはわずか「0.5%」ほど。一方、文科省の機関の1つである国立教育政策研究所が、不登校児童に直接聞き取りした調査によると、いじめが原因とするのは「25.5%」。この誤差は、見過ごせません。医者が病気の子どもの症状を知るために、母親だけに尋ねるでしょうか。痛みを訴える本人を診察しますよ。前者の文科省の数字には、学校側の「そう見たい」というバイアスがかかっています。
こうしたことを説明し、子どもへの直接の聞き取りを改めて進言すると、担当者は「では、至急対応します!」と返答。「あの後、どうなりました?」と、聞いてみるつもりです(6月現在も動きなし)。
Q いじめ対策のゴールとは?
A1 いじめ防止活動を行うこと
私の考えるいじめ問題のゴールというのは、3つです。1つ目は、加害者と学校はいじめを認めて、被害者にきちんと謝罪すること。2つ目は、学校は、いじめ再発防止策を明確にし(文書化し)、実行すること。3つ目が、学校そのものを、安心安全な環境に変えること。これこそ、現在のいじめ対策に欠落しており、今後最も力を入れるべきことです。
私が辰沼小に赴任した頃には、いじめが頻発し、校区ブロックの中では、一番入学者数が少なかった。それがTKRの活動後、いじめが激減して安心安全な環境になったので、一番の人気校になりました。目の前の姉妹学校である中学校も、やがて人気校に。辰沼小を卒業した子どもたちが入学すると、生徒会でいじめ防止をやってくれたからです。
A2 いじめ防止活動をメンテナンスしつつ、継続する
TKRは成功しましたが、課題がありました。活動をどう新しい世代に受け継いでいくかです。TKRの「いじめパトロール」というのは、当時の子どもたちの自己表現として、選んだ方法。だから別の方法でもいい。根本原理は、「どうすれば、いじめはなくなるだろう」と、担当になった子どもたちが考え続け、自分たちの方法で解決に向けて実践していくことです。
6年生のリーダーが、活動を引き継いでもらおうとした際、5年生のリーダから「もうTKRは必要ないのでは」という意見が出ました。TKRの活動でいじめが激減し、パトロールの意味も薄れていたからです。しかし、苦労して活動を立ち上げた6年生は存続させたい。そこで、いじめ防止の活動がないとどうなるか、他校の事例をネットで調べて「エビデンス(根拠)」を5年生に示したんです。その結果、新世代は活動の継続を決意しました。
学校はメンバーが次々変わるので、常に「新しい学校」なんです。新陳代謝を繰り返している生き物が、毎日食事をしないと死んでしまうように、安心安全の環境ができたとたん、油断すれば、その環境は消滅してしまうでしょう。
この活動は「子ども主体」と言っても、やはり教師の掌の上でやっている。つまり、教師の思いが大事なんです。「もういじめがないんだから、そこまでやんないで、いいんじゃないか」と、校長が思ったとたん衰退します。いじめ防止活動は、「メンテナンス活動」でもあるので、毎年毎年が勝負なんですよ。
私の後は、TKRに共感していた方が校長に就任されたので、活動は引き継がれました。でも、保護者の話では、それ以降の校長はそうではなく、活動は下火になっていると聞きます。当時から私は校長会では、「いじめのことばかり言い立てる」と変わり者扱いされてきました。TKRの活動が、現場でなかなか理解してもらえないのは、残念なことです。
A3 「反戦教育」として位置付ける
TKRのようないじめ防止活動は、「戦争」を嫌う人間に育てることにつながると思います。戦争は、見方を変えれば究極の人権侵害。そして今も、ロケットがさく裂した瓦礫の下に、無念に死んでいく人びとが存在する…。この愚かな戦争を防ぐためにも、子どものときから、人権侵害の代表である「いじめ」と、どう向き合って乗り越えるか学ばせたいわけです。問題解決を、暴力ではなく、話し合いをベースにした活動で克服することを経験してほしい。すると、将来その子たちは、少なくとも、DV、虐待、パワハラなどをやろうという大人にはならないはず。
「戦争まで持ち出して、ずいぶん大げさだな」と言われそうですが、そう確信したことがあります。4年前、コロナ禍の前に、あのアルジャジーラ(カタール・ドーハに拠点を置く国営衛星放送のテレビ局)から取材を受けたんですよ。中近東でもいじめが横行していて、具体的な対応策がないそうです。世界中をリサーチしたが、イスラム圏の文化風土に合うものが見つからない。例えば、フィンランドのいじめ防止教育「キバプログラム」が有名ですが、いじめ関係のアニメや映像など見た後、議論をして考える内容。しかし、議論の文化がない中近東では難しい。そこで、いじめ反対を多数派にするTKRの活動なら実現しやすいのではと、注目されたそうです。
A4 意識を持った次世代が育っていくこと
先日、元TKRのメンバーで、今は高校に通う教え子から連絡がありました。「学校で問題となっている、SNSでのいじめを防止する方法について相談に乗ってほしい」とのこと。もちろん快諾しました。子どもたちが、いじめについて意識を持ち続け、活動してくれることは、本当に嬉しいことです。私が種をまき続けてきたことは、間違いじゃなかった。これから、次々と花が咲き、実を結んでくれたらと。
(聞き手・ライター上田隆)
<問合せ>
一般社団法人 ヒューマンラブエイド
inro@humanloveaid.com
学校総合危機管理研究会
inro@humanloveaid.com
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