<インタビュー・仲野繁さん>
いじめ問題を解決するために、被害者支援をやっています。ときには、学校や教育委員会に乗り込むことも厭いません。反対に、学校や教育委員を支援もする。子どもを守るためなら、ときと場合によって立場も入れ替えますよ。…ご質問ですね。順を追ってお答えします。
Q学校のいじめ対応の欠点とは?
A1 「いじめ防止法」「ガイドライン」を知らない
学校のいじめ対応で一番感じているのは、そもそも法律を知らないということ。「いじめ防止対策推進法」(以下「いじめ防止法」、2013年9月28日施行)、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(以降「ガイドライン」、2017年3月・文部科学省)を知らない。だから、「いじめ」の定義も知らない。その定義は、「いじめ防止法」第2条にあります。ざっくり言えば、「被害者がいじめと感じたら、いじめ」(いじめの対象となった児童生徒が、心身の苦痛を感じること)。しかし学校側は、いまだに「強い者が弱い者を一方的かつ継続的に攻撃する行為」と認識することが多い。私が被害児童のことを訴えると、「これぐらいだったら、普通『いじめ』って言いませんよ」「被害者も加害者も大切なお子さんなので、両者とも公平に対応します」なんていう言葉が平気で出てくる。法律ですから、知ってる知らないは関係ありません。違反した時点でアウトなんです。
いじめによる「重大事態」は、被害を受けた児童生徒の「自殺の企図」「心身や金品などへ重大な被害」「余儀なき転校など」です。同法第28条により、「重大事態は速やかに調査せよ」となった。ですが、いざ重大事態になったとき、中心として動くべき学校の隠蔽が多々起きたんです。それで文科省は「ガイドライン」をつくることに。内容は大きくいえば2つ。1つは、「被害者の思いに寄り添った調査をしましょう」。もう1つは、「第三者が調査してください」。特に後者が大事なポイントなんです。「第三者」とは、「公平性・中立性が確保された組織」で、構成員は専門家であり利害関係のない者。
「いじめ防止法」第7条には、いじめに関して「学校の設置者が防止の責務を負う」とある。「設置者」というのは、公立学校は教育委員会、私立学校は学校法人です。同法第8条では、いじめに対して「学校が適切かつ迅速に対処する責務を負う」と明言。つまり、いざ重大事態のいじめが発生したら「ガイドライン」に添って、責任者である教育委員会や学校法人は、第三者の調査を入れなければならない。
A2「重大事態」でも「第三者調査」の意識すらなし
私がかかわった、ある中高一貫の私立学校の対応は、本当にひどいものでした。いじめ被害者の女子生徒が、ネットでのいやがらせ、「無視」による学級での孤立などから、精神的苦痛に苛まれ、不登校、そして退学に追い込まれてしまう。相談を受けた時、すでに78日欠席しており、文科省が重大事態の目安とする「30日を目安」をはるかに超えていました。
被害者が受けたいじめは、「いじめ防止法」第28条の「重大事態」に該当し、さらに「ガイドライン」に示される「疑いが生じた段階で調査の開始」レベルのものです。しかし学校側の対応は、第三者調査も行わず、「当校職員 14名の教員が調査しました」でおしまい! めちゃくちゃでしょ! それに、原因の発端は学校側にあるにもかかわらず、です。担任教師が、優秀な被害者を生徒会役員に推薦したことを、ある男子生徒がやっかみ、彼女を誹謗中傷したことが始まりでした。
そこで私は被害者家族と一緒に、学校の所管機関である県の私学振興課に対応を申し入れました。しかし、学校は一向に適切な対応をしない。被害者の心身や状況があまりにも危険なので、私はご家族と共に、今度は学校へ乗り込みました。すると副校長が、「仲野先生、お恥ずかしい話ですが、私どもは防止法のことをよく理解していないんです」と言う。「はっ!?」と絶句しましたが、分からない人に怒ってもしょうがない。「法律を知らないで学校運営するのは、運転免許を持たないで車に乗るのと同じ。大至急で先生方に学んでもらい、正しく対応してください。私も支援します」と申し出ました。さらに「いじめ防止教育」の必要性を説けば、副校長は「うちはキリスト教でやってるので、『愛』をもって教育します!」と答える。やれやれと…。
この話は、2013年に「いじめ防止法」が施行されて6年後のこと。現在は2024年だから11年後になりますが、問題を起こしている学校の実態は、どこも似たり寄ったりです。
A3 学校はやる気なし。特に私学は監督もされず
同法施行されて間もなく、文科省から全国の教育委員会に、「県および市のいじめ防止基本方針や条例をつくりなさい」と通達がなされました。それを受けて2014年6月頃、足立区の小中学校にも「学校の基本方針を至急つくれ」との指示が届きます。ひな形は3ページで、通常ならそれをたたき台に、各校の方針を盛り込こんでしかるべき。後に私は、区内の全小学校を調べましたが、出された方針は、そのほとんどの学校がひな形そのまま。中身は「教育委員会」を「学校」に書き換えただけ。まったくやる気がない。8ページ以上の独自方針を作成したのは、私が校長を務めていた辰沼小の1校のみ…。
それでも「公立学校は方針をつくれ」となっただけまし。ところが私立はそうじゃない。ちなみに公立学校を監督するのは教育委員会ですが、私立は東京都であれば「私学部」、地方なら「私学振興課」あるいは「私学課」。しかし職員には、公立の教育委員会のように教育関係者がおらず、基本的に役所職員。去年まで水道局の土木課にいた人が配置転換で来た、なんてことは当たり前です。いじめに関する法律はもちろん、学校教育のこと自体が分からない。その上、私立学校には独立性があり、行政は設立の認可はするが、運営にはあまりが口出しできないので、きちんとしたチェック機能が働かないわけです。
A4 被害者が不登校に追い込まれる
結局のところ、学校全般が「いじめには関心がない」と言わざるを得ません。しかも「あまりにひどければ、被害者を転校あるいは退学させればいい」という意識なんです。本来なら、加害者を退学させるべきですが、日本の学校では、なぜか被害者をそうさせてしまう。
「いじめ防止法」第23条4項の趣旨はこうです。「いじめが発生したときには、被害者が安心して授業を受けるために、加害者側を一時的でも別の場所、別の教室で指導しなさい」と。 でも実際には、いじめる方を教室に置いといて、いじめられた方が別室や保健室に移され、あるいは不登校に追い込まれる。この状況をつくり出している学校は、明らかに法律に違反しています。しかも全国のほとんどの学校は、これをやっている。なのに違反の罰則規定もない!
同法23条6項には、教育現場からすれば、過激なことも書いている。「もしいじめが、犯罪および犯罪性を帯びたような場合は、学校は警察に通報し、適切に、援助を求めなければならない」と。通常のいじめであれば、教師の積極的な指導や教育で対応すればいい。しかし学校は犯罪の専門家じゃない。ひどい暴力行為、それも殺人未遂の可能性もある行為なら、警察に通報しなければならない。それは「努力義務」ではなく「義務」です。現状では、市民社会に反する行為をする加害者から、被害者を守れていない。もちろん私は教育者として、加害者への教育指導の重要性を認識していますよ。それは後にお話します。
Q学校のいじめ対応で、一番必要な対策は?
A1 いじめ対応は、危機管理の3段階で
これはもうズバリ、「いじめ防止教育」と「被害者の原状回復」。みなさん、たいていこの2つを理解されていないし、抜け落ちてもいる。
「危機管理」の視点でいえば、いじめの対応は3つの段階があります。
第1段階は「リスクマネジメント」。危機以前の対策で、いじめが発生した際の対応マニュアルを事前に準備しておく。さらに「いじめ防止教育」を日常的に行い、危機そのものを起こさせない。
第2段階は「クライシスマネジメント」。いじめという危機が発生したら、まずマニュアルに沿った対応を速やかに行う。議論している段階ではなく、まずはいじめ行為を即刻止めること。以降は、「調査」「被害者の支援」「加害者指導」の3本柱になります。
第3段階は「解決」。その内容は、「加害者の心からの謝罪」による「被害者と加害者との和解」。それによって初めて被害者が、いじめ発生以前の、安心して学校に通える状態に戻ることができる。
A2 「和解」に至ってこそ、真の解決
一番重要なのが第3段階の「解決」なんです。日本の教育界でのいじめ対応で、決定的に欠けている。そもそも学校側は、「謝罪」のやり方を分っていない。大抵、加害者には、被害者へ形だけ「ごめんなさい」と言わせて終わりとしている。これでは何も変わらない。被害者の傷つけられた自尊心や恐怖が癒されないどころか、いじめが再発する可能性もあるからです。そして、加害者自身が更生できない。
私の場合、放課後の1~2時間、加害者の子どもを教室に残し、「自分がやってしまったいじめについて、思うことを何でも書くように」と指示します。3日ぐらいまでは、ふてくされて白紙のまま。4日あたりから、「このままでは毎日残されるな」と、いよいよ書き始める。文字化するうち、自分の行為を客観視していきます。「1日目は太ももに1発、2日目は腹に3発、3日目は顔面を4発殴った」「間違ったら、目をつぶしたかもしれない」「向こうは反撃しなかった、辛かったろうな…」などと徐々に自覚が深まり、ついに「取り返しのつかないことをした」と気づく。ここまで、われわれは余計なことを言わない。反省の気持ちが生まれた子に対しては、「じゃぁ君は、今後どうする?」と「生き方」を迫ります。すると、子どもなりに知恵を絞る。「今後、目の前でいじめを目にしたときは、止める側の人間に」「自分が親になったとき、子どもには『いじめをするな』と教えます」など、反省の気持ちを表す真摯な言葉が出て来ますよ。ここまで、2~3週間はかかってしまう。
その間、被害者に対しては、「大丈夫だよ、先生たちが応援するよ」と、担任やスクールカウンセラーなどがケアし、支えます。被害者が加害者に接触しないよう、教員が交代で廊下に立って見張りもする。大変です。しかし、ここで対応を誤ると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を受けている被害者の場合、より悪化しかねません。最終的な到達点は、「被害者が原状回復すること」。それには2つのことが必要です。1つは、加害者が「もう君のことをいじめない」と被害者に確約すること。もう1つは、学校全体が「いじめが起きにくい環境になった」と被害者が実感できること。加害者がいじめをやめたとしても、他の子が再びいじめを行えば意味がない。そして、最後は被害者と加害者との和解に至る。ここまで徹底してやらないと、本当に「解決した」とは言えません。
A3 加害者側の保護者による「無自覚」を許さない
私が辰沼小学校に赴任した1年目は、いじめが頻発していました。緊急の学級保護者会も絶え間なく開く。もう修羅場です。加害者側の保護者の中には、謝罪どころか被害者側の保護者に説教をたれる人もいる。「あんたね、この程度のいじめで、『学校へ行きたくない』なんて、世の中生きていけないよ」「社会人になったら、会社勤めは無理だな」などと平然と言う。加害者側の保護者は、大抵複数で多数派なので強い態度になる。対して被害者は1人。だから被害者側で少数派の親は、たまったもんじゃない。「そんなこと言っても、うちの子は『もう二度学校へ行きたくない』って。どうしてくれるんですか!」となる。そりゃそうでしょ。でも相手側は「甘いよね」なんて頷き合う。理があるわけでもないので、こちらも懸命に諭せば、「じゃあ、謝れってんだろ、悪かったな!」と開き直る親御さんもおられました。そのときは…もうコーヒーぶっかけてやろうかと(目の前のコーヒーカップをつかんで)…。
「悪い」とは思わない加害者とその保護者に、たくさん出会いました。「被害者側が過剰に反応してる」というわけです。過去の事例では、謝罪があったとしても、後ほど被害者が怒りを募らせ、加害者に重傷を負わせることもあります。殺人に至ることもある。対応が不十分だと、被害者が加害者に転じる悲劇が新たに生まれてしまう。「いじめは自分も経験したし、いろんな経験は成長の糧になる」と言う人がよくおられます。でも、いじめに関して、それはない。「雨降って地固まる」はありえない。ダメージが深刻だと、被害者の心はボロボロになり、後の人生がめちゃくちゃになる。それは肝に銘じるべきです。
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