「生きづらさ」とは何か
「友愛会」で働くようになり、またそこで様々な生きづらさを感じている方々と出会い続けています。「生きづらさ」って、なにか。「生活していくことが上手ではない」ということでしょう。具体的には、悲観的、狭考的な考え方。人間関係が苦手。障害がある。お金がないなど…つまり「生きづらさ」には、精神的、社会的、身体的、経済的という多角性があるということです。
依存症者がアルコールや薬物を使い始める、また再使用する理由は何か。依存対象に頼らなければ不安や孤独と向き合うことができないということが、その理由のひとつです。生きづらさは、原因そのものよりも、そのことによってつながる対象を失うことから生まれます。住居や収入も大事ですけど、あるべき「つながり」が大切です。
アルコール・薬物依存症だった作家・中島らもさんが、自伝的小説『今夜、すべてのバーで』に書いている一文です。
「酒をやめるためには、
飲んで得られる報酬よりも、
もっと大きな何かを、『飲まない』ことによって
与えられなければならない。
それはたぶん、生存への希望、
他者への愛、幸福などだろうと思う」。
やめるデメリットもある
物質使用障害プログラム「SMARPP(スマープ)」のテキストから、集団療法ワークブックの一例を紹介します。回復を目指す依存症の当事者に記入してもらう表です。
「アルコール・薬物を使うメリットおよび、やめるメリットとデメリット」。
「アルコール・薬物を使うメリット」の項目には、「快感」「ストレスの解消」、「コミュニケーションの手段」 などが書かれます。「やめるメリット」には、「使うデメリット」として挙げられる「お金」「時間」「健康」「信用」などが取り戻せる。何よりも「命」を守れると。しかし、「アルコール・薬物をやめるデメリット」の項目もあるんです。そこには何が記載されるか。依存症者がそれまで生きるために必要としてきた、「依存対象を失ってしまうこと」などが書かれます。
僕たち依存症者が薬物やアルコールをやめるというのは、歩くための「杖」を捨てるのと同じこと。依存対象となる物質や行為は、苦しみを忘れ、痛みを麻痺させる麻酔であり、一瞬にして自分を変えてくれる「魔法」です。結果をすぐに手に入れることができます。しかし、やめることで得られる結果は、実感できるまでに膨大な時間がかかります。変化の速度はあまりにも遅く、依存症者はそれを「待つこと」ができない。
支援者は依存症者に酒や薬、ギャンブルに変わる「人生の楽しみ」や「希望」を与えることはできません。できるのは、「病気についての正しい知識、制度や社会資源などについての情報を提供すること」。「本人が変わることを選択して、成長していく過程を共有すること」、そして「ともに待つこと」だけです。
「アディクション」の反意語は?
僕の支援者仲間が、東京拘置所で面会した、ある累犯障害者から聞いた言葉です。
「再犯しないで頑張っている人間は、次の3つを持っている。
・居場所がある ・仲間がいる ・希望がある」。
依存症は、「孤立の病」と言われています。「アディクション(依存)」の反意語は、「ソブラエティ(しらふでいること)」ではありません。「コネクション(つながり)」です。これは、依存症の研究者であるジョハン・ハリの言葉です。
でも現実には、「アディクション」の反意語が「コネクション」とは必ずしも言えない場合もあります。人は人とつながることが良いとされていますが、つながることで本人がこれまでの人生で培ってきた価値観や世界観が否定されることがないよう、それらを尊重する必要があります。手配師に搾取されたり、貧困ビジネスに騙されたり、障害などが原因で差別された経験から人を信頼できなくなり、「つながり」が苦痛でしかない人も、やはりいるからです。 介護サービス付き高齢者住宅から失踪してしまう人、路上生活を選択する人、自分から刑務所に服役することを選ぶ人もいます。累犯の利用者は「刑務所の中にいると考えたり、迷ったりすることがないからラク」と言っていました。「路上にはすべてがある」と言って、施設を飛び出した70歳過ぎの女性もいました。その「自由」は、とても「不自由な自由」だと思いますけど。
僕も仲間との「つながり」、「絆」と、言葉にすると気恥ずかしくて苦手です。でもこうして、みなさんや友人や仲間とつながることで、薬物やアルコールを使わずに今日1日を生きることができています。
『アディクション』の反対は『コネクション』とは、ただのキャチフレーズではなくて事実なんです。今日も大切な友人が何人も来てくれています。僕には中学生と小学生の子どもがいます。子どもたちにたった一つ自慢できることは、「仲間がいる」ことです。 薬物やアルコールをやめて19年が経って、飲んで得られる報酬よりも「もっと大きな何か」が、飲まないことによって与えられているということに少しずつ気付けるようになってきました。
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