依存症は「病」。回復できる

依存症
芸術行動療法「ボクシング」を導入する

集団精神療法ミーティングでは、司会を務めていました。例えば「今日のテーマは『感謝』です。自身の想いを語ってください」と進行しても、多くの患者さんは「特にありません」とパスする。司会の自分ばかりがしゃべることに。形ばかりのミーティングでは、ダメじゃないかと感じ始めていました。依存症者や、ある種の発達障がいなどがある患者さんは、自分の感情を言語化できず、自分を人の立場に置き換えて考えることが苦手な方が多いです。1時間半のミーティングが苦痛で仕方ない。だから、椅子が飛んできたりする(笑)。

 

そこでクリニックではアートやスポーツを取り入れた「芸術行動療法」というプログラムを創設。患者さんからの強い要望があり、それまでアディクションフロア単体で小規模に行っていた「ボクシングプログラム」を本格的に始めることになりました。僕はボクシングの経験は全くありませんでしたが、その立ち上げにかかわりました。

 

クリニックのフロアに、専用リングを設置。ボクシングジムで使用しているものと同じ用具も揃えました。サンドバックやミットを打って汗を流す。すると、喉が渇く、水を飲んで美味い、疲れてよく眠れるとか、そういう身体感覚が戻ってくる。慣れてくると、リングに立ち、生身の人間と打ち合います。終了のゴングを聞くと、精一杯の力を出し尽くした相手に、そして自分自身に対して畏敬の念が生まれます。最後のミーティングでは、体と心で気づいたことを各々が伝えると、フロアのみんなが共感し、拍手が起こることもありました。

 

もっとも、スタッフは、患者さんから日頃の憤懣か、さんざんに殴られましたが。僕は元プロボクサーのスタッフとのスパーリングで肋骨を折ったこともありました…。

 

「マトリックスモデル」で、治療者と患者の関係が前向きに

いろいろ調べているうちに、アメリカで開発され、治療効果を上げているらしい「マトリックスモデル」に興味を持ちました。開発者のジーン・オバートさんが来日して京都でワークショップを行うというので、上司に頼んで行かせてもらいました。受講してみて「これはいい」と思い、プログラムに取り入れることを提案し、僕はスタッフ兼当事者の「コ・リーダー」として参加しました。300人規模の患者さんが毎日来ている施設なので、治療効果の実証にもなります。現場での試行を重ね、2008年に導入しました。日本の民間の医療機関では初めてだったと思います。

「マトリックスモデル」というのは、再発予防、認知行動療法、心理教育などが組み込まれた、複合的で行動主義的な治療法です。具体的には、時間管理や再発予防のためのスキルを学び、グループセッションでは、「どのように薬物をやめるか」ということに焦点を置きます。

 

何が画期的かというと、「かっこいい」んですよ。アメリカでは「Matrix」と書いたTシャツをみんなで着て、きちんと豆から入れたコーヒーとお菓子をいただく。出席すると、スタンプが押され、20個たまるとピザ1枚がもらえたりする。また日々の状況をシールで記録します。その日、アルコールや薬物を使わずに済んだら「青」、渇望が起きて危なかったら「黄」、再使用・再飲酒してしまったら「赤」のシールを貼る。自分の努力が目に見えて分かるので、結構みんな、嬉々として貼るわけです。上から管理するという治療者と、それに反発する患者という、これまでの対立関係がなくなることが、とても新鮮でした。

 

自助グループのミーティングでは、相手の話は否定せず、黙って傾聴するものでした。しかし、マトリックスモデルでは、ディスカッション形式もとります。だから、仕切りが難しい。「自分はこう思う」「オレはそうじゃない」など、言い合いになりがち。そんな時、「相手への非難はやめましょう」とファシリテーターが制し、「田中さんは当事者の1人として、どうでしたか?」と「コ・リーダー」である僕に尋ねる。僕は、「やっぱり、こういうことがあると飲みたくなっちゃいますね」と答えてみたり。

 

回を重ねるうちに、みんな、建設的な意見を出すようになり、雰囲気も明るく前向きになりました。

 

転職して、山谷地区で生活相談員に

親父が脳梗塞で寝たきりになり、介護が必要になったので、クリニックをやめ、荒川区の実家に戻りました。2008年ですから、5年も勤めていません。しかし、社会保険料や厚生年金も払えるようになり、借金は返せました。退職後、山谷地区で身寄りのない方など生活困窮者の支援を行うNPO法人「友愛会」に転職し、生活相談員として働き出しました。ここを選んだのは、住まいに近く、昔からテキ屋の仕事をしていた山谷地区にも馴染みがあったからです。更生保護施設や地域生活定着支援センターにもかかわり、刑務所を出た人の自立も支援するようになりました。

 

また、依存症からの回復を支援するY-ARAN(横浜依存症回復擁護ネットワーク) ・YRC(横浜リカバリーコミュニティー)に参加。ボランティアスタッフの「リカバリーサポーター」として活動し、月に1回は講師も。ここでは各種のミーティング、写経、ヨガ、園芸などさまざまなプログラムを、20人を超える「リカバリーサポーター」が実施。依存症者が仲間として助け合える「居場所」になっています。

 

何人かのサポーターは長い歴史のある代表的自助グループ 「AA」(アルコホーリクス アノニマス)のテキスト「ビッグブック」に基づいた回復のためのプログラム「12ステップ」を紹介しています。

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