心ゆらし、母子支え

母子支援

自分の子を可愛がられると「やきもち」を焼く

「ポルテあすなろ」のお母さんたちは、自身がネグレクトや虐待の被害者であったことが多い。成人する前に、児童福祉法として社会で守られなくちゃいけなかった「社会的養護の対象者」なんです。また、親がアルコールの問題や障がいを抱えていることで、子どもの頃から家庭内でケアをする役割を強いられてきた人、「ヤングケアラー」だったともいえる。こういう経験を積んだ女性たちは、子ども時代に、機能不全家族の中で、自分が子どもとして適切なケアを受けてこなかった。それゆえ、自分の子どもが、子どもとして愛されることに、複雑な感情を抱いてしまうこともあるんです

 

職員が子どもを抱き上げ、「可愛いねぇ~」とあやすと、とても嫌な顔をする。そんなとき、自身の大事にされなかった子ども時代を思い出して、自分の子どもにやきもちを焼くんででしょうね。子どもが自分に甘えて抱きついてくると、首ねっこをつかんではなす。泣いてしまう子どもに対して職員は、「あら痛かったね~。ママにギュ~としたかったんだよね~、つれないね~」と、冗談めかして場を和ませようとします。「それって、虐待でしょ!」と咎めたってしかたない。「自分も大事にしてほしい」というお母さんの切ない気持ちを、まず受け止めなきゃいけないんです。

 

入所施設での宿直は、とっても大切な時間ですね。夜中、お母さんたちが、子どもを寝かしつけて事務所に来て、「何で自分ばっかり、こんなつらい思いするんだろう」とため息つく。私は、傍らに寄り添って言います。

「本当だよねぇ。子どもは男いなくちゃ、できないのにね~。男ってなんだろねぇ。

過去は変えられないと言うけど、未来を自分で変えていくと、過去の在り方が変わるっていうよ…いろいろあったけど、今がある、って言えるようになるよ」と。

 

子との関係を調整しつつ、女性のエンパワーメントを応援

静かな夜ばかりではありません。「何やってんだよ!」と、子どもを𠮟りつける怒鳴り声が響きわたることも。そんなときは、内線かけて、「そういえば、こないだ、役所から来た郵便物受け取った?」と、関係ないことを聞いたりしてつながりをとる。とにかく話すことで、何かしらの介入の糸口をつかむんです。

 

朝になって、子どもへ「ママのすごい声や、泣き声が聞こえて、心配しちゃったよ」と話しかけます。暗い顔の子どもを放っておいてはいけない。何か母親に伝えたそうにしていれば、「こんな風にお母さんに言ってみようか?」などと一緒に作戦立てたり、「○○ちゃんは、お母さんに怒られて○○な気持ちになったんだよね。どうかな?」と尋ねます。「大人は見て見ぬふり」と思わせてしまってはいけません。

 

母親たちを丸ごと受け止めます。そうすることで彼女たちは、職員に相談するようになるし、相談した後、ホッとした顔になる。子どもたちは、そんなお母さんたちの姿を見て、「人に相談すれば救われるんだ」「信頼できるという大人がいるんだ」という経験をしてほしいわけです。

 

私たちは、母子を一つシステムととらえて、女性にかかわりながら、子どもを守ります。子どもにとって、お母さんの愛情はかけがえのないもの。しかし、お母さんが子どもを愛することが、うまくいかないことがある。私たちは、丸ごとの生活にかかわるので、そんな母と子の間に入って関係を調整し、良くしていくことができます。

 

自分に自信が持てず、子育てに悩む女性に、「良き母になれ」というのは辛すぎます。

日に三度、ご飯を作れなかったら、疲れていたら、弁当でもいい。子どもとお母さんが一緒2人で食べることの方が大事です。完ペキである必要はないんです。

 

私は、お母さんに、女性としてのストレングス(自分の強みを自覚)、エンパワーメント(力を引き出すこと)、レジリエンス(困難にぶつかっても、回復し、乗り越える力)を身に着けてほしいと思っています。あなたには、力があるし、それは活かせるし、未来を良い方向に変えていける。強くならなくてもいい。しなやかに、したたかに生き延びて行きなさいと。

 

つながり無くなった地域の力を、「社会の傘」で補う

以前、生活保護法の女性更生施設に勤めていました。入所しているのは全員女性ですが、風俗業界にかかわった人も沢山いました。平均年齢は50歳以上で、若い人は30代。しかし、リーマンショックあたりから低年齢化して、20代の人が入ってくるようになりました。「えーっ、20代!」と絶句したものです。

 

地域で生活保護を受けてアパート暮らした女の子が、近隣住民から苦情を受けたり、生活スキルの低さで暮らせなくなったなどの理由で、施設に入所する。困った人を受け入れる地域の力が弱くなったと感じました。もちろんこのことは、足立区にも当てはまる。

 

子どもの貧困を語るとき、「貧困の連鎖」と表現することがありますが、嫌いな言葉です。貧困は、負の「環境」が集まり、固まって起きるものですから。負の「環境」とは、思考パターンや関係性がネガティブな方向にある「家族の文化」や、助け合う気風が希薄になり孤立化しがちな社会のことです。子ども自身に「貧困」のDNAが引き継がれるわけではありません。

 

かつて私は、困窮する人たちは「社会の周縁」に追いやられている存在だと考えていました。でも、社会にますます余裕がなくなり「周縁」自体が崩れ、たくさんの人たちが崖にぶら下がって助けを求めている状況ではないか、と思うようになりました。

 

だったら、自分たちのような専門職が、ポルテホール連絡協議会(ポルテあすなろに併設されたコミュニティエリアで繰り広げられてる、つながりを重視したプラットホーム的な活動)の活動を通して「社会の傘」を広げ、困っている人を覆えばいいんじゃないかと考えたんです。傘だったら、広げるのは簡単ですから。私の仕事はソーシャルワーカーとして、悩む母子の心に寄り添っています。その実態とノウハウを伝えていくことで、地域に傘を広げることができればと思います。

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